トレーナーとして生きる

今日は大阪で朝を迎えました。

とっても綺麗な秋の青空が広がっています。
昨日からDNSのExercise Iが大阪で開催されていて、主催の川尻隆君の邪魔をしに来たのと(気分的にはそんな軽い感じ)、今回は内容の復習と予習と諸々の事情による準備のために参加。

所々で通訳者として顔を出し、参加されているみなさんの質問を通して、どういう景色が見えているのか、を感じています。

トレーナーのセミナー熱が少し下がりつつある今日この頃。去年ほど告知をしても集客が取れなくなって来た、、、とこぼれ聞きます。
セミナーの受講を決めるときにいくつかのパターンがあるのかなと思います。

1 自分が普段から疑問に思っていたことを打ち出している内容を見つけたとき。
2 知り合いの誰かがいいよと言ってくれたとき。
3 世の中のブームでよく聞かれてると思ったとき。
4 勉強しておかないと、自分が取り残されるのではと感じたとき。
1は情報の取得方法も含めてとても主体的な選択。

2は情報は誰かからもたらされたものですが、それを手に入れる環境があるという意味では主体性が少し存在する。
3と4はどちらかというと主体性にかけ、かつ恐怖心や強迫観念(〜しなければなにかマイナスなことが起こり得るのでは、、、)が入り込み余地がある。
これって、トレーナーとしての自分の生き方につながるのでは、とふと昨夜のナイスmen’s(隆くん、学ちゃんありがとう)との会話で思い。

あなたがトレーナーとしてどう活動をしていきたいのか。
あなたが伝えたいメッセージや伝えたい人は誰なのか。
その伝えたいメッセージの核となる思いはなにか。
そこがまずは明確になっているのか、、、
そういう疑問が浮かぶことが多々ある。
「体を動かすことの大切さを伝えたい」

なぜ?
「健康には体を動かすことが大切」

なぜ?
「動くことでしか人間は変われない」

なぜ?
そのなぜを突き詰めて行く必要があるのでは?と。

トレーナーとして、この時代を共に共有する一人の人間として自分ができることは何か。

この20年少しのトレーナー活動で私に見えて来たことは、

「私は動作を通して人の可能性を最大限に引き出してあげたい」
「動作教育を通した人間形成のお手伝いをしたい」

ということ。

それはアスリートであろうと子供であろうと会社員、主婦でも同じ。
何をその人がこの世でやっていようとも、根幹はその人という存在が認識されることによって、成果が変わってくる。

筋肉が発達しても、やれることが増えてもそれだけでは成功や成果は手に入らない。
その人がその人であることを知ることから始まると私は信じている。

それができれば勝手にヒントをあげれば成果は出る。

そのために必要なことは何か。

そのために動作ができることは何か?
体を痛めていては歪んだセルフイメージになる。
体の機能を脳が理解していなければ、選択肢は制限される。
それをどう気づきを促し、開発して行くことができるか。

セミナーの選択はトレーナーとしての自分のあり方の選択に近い。
私は基本自分がワクワクしない限りは手を出さない。
ワクワクは自分が見ている景色になにかを加えてくれるサインだと思うから。
さ、2日目行ってきます!
12月の東京のDNSに参加される皆さん、皆さんの学びを最大限にできるように準備しておきます!
山田くん、いつもありがとう!


チェコより講師のミハエル

サンディエゴよりマイク

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中