全ての言葉と行動にはその人にとって肯定的な意味がある

全国、雪の影響が出ているようですが、危機管理の大切さを感じる今日この頃。

ラボのある白川通りも一面の雪。

ラボの入り口はタイル張りの床なので、お客様がすべらないように朝からなんども雪掃きと確認。

安全とは事前に予期して準備をすることで手に入れるものである。

そう思っています。

2月17日(土)、18日(日)は各1コマずつ、事前登録で無料のスポーツセーフティー講座を開催します。

アスレティックトレーナーの役割は、スポーツをする人の安全環境を作り、なにかあったときに迅速に対応し、からだと命を守ることにあります。その私たちの学んできたことと経験をできるだけ多くのスポーツに携わる

学校関係者

フィットネス、スポーツ指導者

アスリート保護者

学生トレーナー

システムをつくる行政関係者、経営者の皆様に聞いていただきたいと思っています。

ぜひお知り合いにご紹介いただき、一緒にいらしてください。

スポーツセーフティーサイト

世界レベルのスポーツ医学の内容と素晴らしい講師陣の方がいらっしゃる、JATOシンポジウムも2日間同時に開催されておりますので、ぜひその空間を体感しにいらしてください。

 

仙台でのA-Yoga認定インストラクター養成ベーシックコースのお申し込みも始まっております。あと4名ほどで締め切りのようです。

と、告知はおわり、本題へ。

 

本日のタイトル「全ての言葉と行動にはその人にとって肯定的な意味がある」

日々、色々な人、色々な言葉と接する機会をいただくことに幸せを感じています。

そして人が自分の人生を積み上げていくうえで、言葉の大切さと同時に言葉の持つ危うさも感じる。

 

以前に兼松佳宏さんの「BEの肩書き」講座に参加した時のことをブログに書いていますが、BEの探求2日目 言葉、その人が選択した単語には、今だけでなく今までのその人、その人が持つ経験してきた感覚全てが包括されているのではないか、、、と。

 

コーチングなどはこの部分を使っているところもあり(私の理解ですが)、あなたがどういう言葉を使ったのか、その言葉はどういう過程を経て出てきたのか、その言葉を使っている自分に気が付いているのか、それとも無意識なのか、、、その言葉を使った自分はどういう気持ちになっているか、、、そういったことを振り返り整理をするお手伝いをするのがコーチングの一つだと思っている。

 

私もセッションをするうえで、養成や講習をするうえで、相手がどのような言葉を使うのか、どのタイミングでどの言葉が出てくるのかを注意深く聞くようにしている。

 

もちろん言葉と身体の表現が一致しているのか、そこも一つのポイントとなる。

 

そして相手がどう私の言葉を受け取っているか、も見ている。

 

何かを提案されたときの人間の反応には5つのタイプがあると言われている(と、フェルデンクライスのコースで言われた)

 

1 受け入れる(Accept)

2 拒否する(Resist・Hold) 壁のように動かない状態

3 押し返す(Push Back) 壁を押し返す/突き返す状態

4 補助する(Assist・Help) 相手のことを先読みして手伝おうとする

5 消える(Disappear)

面白いことにそれは実際に使い分けることができる。私自身もそこはある程度はコントロールできる。人間生活はその使い分けと切り替えで成り立っていると思う。

私も相手の身体を触らせていただいて動きを誘導するときに、常にその反応を見ている。

「あ、この人はすぐに受け入れるタイプの人だ」

「あ、この人は相手に協力をする人だ」

「あ、この人どこかにいなくなった、、、」と。

 

面白いほどその反応は、日常のその人の反応と一致する。

そしてそれは言葉にも現れる傾向にある。

そしてその言葉は今生まれたものではなく、その人が生きてきた過程で、経験やそこでの感情が生み出しているということを感じる。

 

だから言葉だけ、その単語だけを指摘して、「その言葉を使わなければあなたは変われる、、、」はおそらく根本的な解決にはならないことを私は知っている。

 

なぜなら私もその失敗を過去にしてきたから。

養成を通して、A-Yogaの養成はかなりコーチング的な要素が含まれてくる。

意識的にやっているところもあるし、無意識に自分の身体、人の身体と向き合うためにそうなることもある。

 

これから出会うであろう様々な方に固定観念なく、相手の反応を大切に、そして相手にとって信頼おける存在かつ成果を出せるトレーナー・インストラクター・指導者であるために、私が問いかけられること、それを追求してきた中で、なかなか自分の今を手放せない人に、言葉を通してどうにか相手に気づきを、相手が変わる、変わりたいという選択ができるきっかけを作ることができれば、、、と思い、会話をしつこいほど積み上げてきたこともある。でもそれで確実に失敗したと言えるケースが3,4ケースある。(今まで300名近くの人が養成を受講してくださったことを考えれば、許容範囲なのかもしれないけど、私にとってはきっとずっと後悔するケース。いつまでもその人たちのことは私の中に残るであろう)

 

話は戻り、、、

何をどう表現しようと、その言葉にはその行動には「その人にとって肯定的な意味がある」ということを忘れてはいけない、ということは自分の心の中においてある。

 

私だったらそんなことは言わない

私だったらその選択はしない

と思うことでも、その人にとっては肯定的な意味がある。

 

痛い痛いを言い続ける人。

そんな毎日大変なんだから、痛みをとる努力をすればいいじゃない、、、っていうのは簡単。

でも、きっとその痛い痛いがその人にとっては肯定的な要素を含む。

痛い痛いということで、「大丈夫?」と自分に少し気をかけてくれる人がいる。

痛い痛いということで、「私という存在がそこにいる」ことを確認しているのかもしれない。

痛い痛いということで、「仲間を探している」のかもしれない。

 

それはね、その人ときちんと向き合わないとわからない。

 

そして言葉は人間が生活をするうえではとても大切だけど、言葉にあまり重点を置きすぎてもいけない、と思う今日この頃。

 

なぜなら空の青色がそれぞれ見えている感じが違うように

その言葉の音色や意味は、人それぞれ違うはずだから。

だから好きに言えばいいんだよ。

好きにやればいいんだよ。

ただしその結果の責任を取るのは自分だけどね。

ここから怒涛の毎週末セミナーの日々。

ありがたいことです。

自分にチャレンジしまーす!

 

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