「誰かを思う」が学びを深める

青空だけど雪が舞う今日の京都です。

雪にもだいぶ慣れてきました。

比叡山の上に朝焼けが広がる景色も

賀茂川を走る人々も

時間が刻々と流れるのを感じる日々。

 

 

今日はお家でデスクワーク。

先日開催されたKyoto MBM Laboでの「保育士さんとの座談会」の報告書が、講師を担当した友さんから届いていたので確認をしていました。

このイベントをやろうと思った経緯。声をかけた方たちの様子。

そして当日来てくださった保育士さんの様子や反応。

私も一応担当だったので、企画段階から時々確認アドバイスに入っていましたが、ほぼ全権を彼女に託し。

ラボでは去年の11月から毎月スタッフが自分が決めた内容でイベントセミナーを開催しています。目的は自分が学んだことを、自分が伝えたい人、自分がつながりたい人に伝えるという場を持つため。

 

私たちの人生において、学びは避けることができないことの一つ。

なぜ学ぶのか?

きっと誰もが疑問に思う瞬間があり、そして子供にも必ず聞かれること。

私も子供の頃(大学生の頃でさえ)「なんでこんな勉強するのかわかんないし、、、」と言っていた一人です、苦笑

 

今、新しいプロジェクトのお話をいただいていて、そのコーディネートをしている方から今朝いただいたメール、そして友さんからの報告書、そして2月に開催されるラボでのキッズの発達をサポートするイベントセミナー。

 

そのどれもに共通しているのが「自分が学んだこと、学んでいること、経験したことをもっと多くの人の為に伝えたい」ということ。

 

学びのベースが一緒であったとしても、それを誰に、どう伝えるか、は変わってくる。

学ぶ人間にとって大切なのは、「今のあなたの学びの先には誰が見えていますか?」ということなのかもしれない。

 

そんなことを思った朝。

 

昨日は朝から数年前の股関節の痛みから歩行に困難をきたして、日常を痛みなく過ごせなくなっていた方、ALSの方、足の骨に違和感を持つ小学生のテニス選手、と幅広い年齢層、そして症状の方たちと時間を過ごした。

誰が何を求めていようとも、私のやることは何も変わらない。

学んできたことをその人にあった形で出力、発信するだけ。

年齢が違っても、症状が違っても、生活が違っても、人間の脳の構造、体の構造は基本的には変わらない。必要な動きも変わらない。

人間が生きるために本当に大切なものは何か、を突き詰めることを続ければ、答えは必ず見つかる。そう信じているしそう信じたい。

 

もっと自分らしく歩みを進めたいと願う誰かを思うことが私が歩みを進める原動力になっている。

 

もっと快適な体と心を手に入れたいと思い探している人がそこにいて、その人たちに伝えるために自分ができることは何だろうと思うことが自分の成長をもたらしてくれる。

 

というか、自分の成長がなければそういう人たちの力にはなれない、と感じる今日この頃。

 

「自分の為に学ぶこと」から「誰かの為に学ぶ」の意識転換をしはじめたみんなを見て、心から嬉しく思う。もう大丈夫。彼女たちは自分の足で歩いて行ける。

さ、とっとと広い世界へ飛び出しておくれ~。

そしてもっと共感できる仲間を増やすんだよぉ~。

と、そんな熱い思いを持ったA-Yogaインストラクターがお届けするセミナーが、2月4日に開催されます。残りあとわずか席があるそうです。よかったら一緒に誰かの為に学びませんか?

 

そしてこちらも。

講師のお二人とも、「誰かの為に!」を大切に進んできた方々です。

シンポジウム委員としてサポートさせていただいています。

ぜひお待ちしております。

 

最後は宣伝みたいになってしまいましたが、でもこうやって誰かの為に学びを続け、発信する人たちが多くの人とつながることができればうれしく思います。

 

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