私はちっぽけな存在です

今日の京都は快晴。
ここに引っ越してきて1年。
ようやくずっと手を付ける時間がなかったお庭に手を入れることができました!

どちらが裏か表かわかりませんが、玄関側にあるので表の庭になるのかな、、、(北東にあるので影ることが多いので私的には裏なのだが、、、)

 

しばらく前に玄関のポーチから南西の庭側にあるテラスにつながるイメージで橋を渡してもらい。今日はたくさんの植物たちがきました!

 

 

ラボのお花でいつもお世話になっている、マタハリの中川さんとイメージを話して、

オリーブ2本、ミモザ、疑宝珠、インジビサ、リュウゼツ蘭、そして雪柳(これは庭に出てきました)が仲間入り!

うちのインテリアを見て、家の様子を見て、そしてたぶん私の性格を見て選んでくれました。

なんせ「玄関横の花壇、何かいいものある?」って聞いたら「ふわふわしたかわいいのはイメージじゃないしね、、、」って、言われました、苦笑。よくご存じで!

 

オリーブはすでに実がついているし、ミモザはきっと秋には紅葉するし、来年の春にはきれいな黄色い花を咲かせてくれるだろうなぁ。

とっても楽しみ!

南西側にある庭もブルーベリーが実をつけ、カモミールは花を咲かせ、クリスマスローズはいまだに花が咲いていて、これから仕事の合間に庭に出ることが多くなりそうです。

 

 

 

 

河原町二条にオープンしたACE Treatment Laboratoryも少しずつ訪問者が増えております。体の不調と少しでも早く向き合って、日々の生活を快適に過ごせる人が一人でも増えるお手伝いできればうれしいです。ぜひ! ACE Treatment Laboratory

完全予約制、プライベートスペースなのでゆったりしていただけると思います。

 

「私はちっぽけな存在です」

この言葉を聞いて、多くの人がネガティブに受け取ったのではないでしょうか?

「自分はその程度の人間なんだ」

「自分はちっぽけでなにもない」

 

でもこのネガティブな響きは、「誠実にポジティブに生きるうえではとても大切な言葉なんじゃないかなぁ、、、」って、ふと庭つくりを終えて、そしてEditorとのやり取りをしていてふと浮かんだ。

 

「私という存在はちっぽけですよ」って、そういう姿勢を持っているからこそ、

一人では何もできないし、

誰かがいつも自分のことを助けてくれているし、

誰かから学び、

そして誰かの学びを自分の学びにすることができる、

という気持ちが出てくる気がする。

 

「私はとてもちっぽけな存在です。でも、、、」

 

私はとってもちっぽけな存在です。

先日、会員様と人間の機能の不思議の話になった。

いつだれがどうやって私たち人間を生み出したのかはわからないけど、

私たち人間の機能一つ一つは本当に素晴らしく完璧に作られ存在している。

「何がいつどうなってこうなるんだろうね?」って、

何億年前か、何十億年前か、

その時代に何が起こり、どうやったら私が今ここにいることができるのか。

その長い過程とそれを起こしたなにかの力のことを考えると、

「私なんてとってもちっぽけな存在ですよ、、、」って思える。

でもね、そのちっぽけな私だからこそできるものがある。

という気持ちも同時に生まれる。

 

「誰かの話をする前に、自分の話をしよう」

今、スポーツ界を中心に世間は話題に事欠かない。

テレビをつけるのも嫌なくらい、同じことが繰り返し流される。

誰を洗脳したいのだ?と思うくらい、、、。

「みんなテレビを消そう!」って言いたくなる。

 

そして先日、知り合いの書いたブログの内容に、記事の内容だけでなく、その執筆者の個人の資質的な部分への批判的なコメントを送ってきた人がいる、、、という話を聞いた。

「あなたの書いた情報は間違っている」は、そこの部分をどう間違っているのかを明確に指摘すればいいだけの話。

 

が、「あなたにはそれを語る権利はない」というコメントは完全に批判の矛先が間違っている。

誰もが何かを語る権利はある。あとは読んだ自分がその語られた内容が信頼できるものかどうかを判断すればいいだけである。(この執筆者は私が知っている誰よりも誠実に丁寧に文章を発信している。その文章は多くの人に貢献をしてきたはずだから、その貢献をこれからも続けてもらいたいと思う)

 

今回のアメフトの件もそうですが、見る人の立ち位置によって景色は変わる。

もちろん景色が変わったから、立ち位置が違うから何をやっても許されるというわけではない。でも、世の中同じ空間にいるから同じ経験をしている、同じことを見ている感じているわけではないということを認識することは必要なのだと思う。

 

つまりは、すべては正しいという前提のもとに存在していて、その正しいが少しずつずれて、その時にお互いがそこに共通理解を持たずに進むことで問題が大きくなる、乖離が起きるのだと思う。

 

お互いの正しいがどこにあるのか。

そしてもし見ている景色が少しずれているのであれば、お互いがその景色を少しでも理解するように話をすることでしかそのずれは整わない。

 

かつ、そこで起こっている出来事に反射的に反応することも、感情を伴うことも問題を大きくする。

 

「あなたはそう思ったんですね」

これ実は旦那様のよく使う言葉。

何か私がコメントすると、「あなたはそう思ったんですね。」ってよく言われます、笑

その裏には、「でも僕はそうは思わないですけどね、、、」という言葉が隠れているのだと思いますが、決して私の意見を否定はしない。(同意はしていないかもしれないけどね)

 

何かが起こった時、その物事と感情を切り離すことはとても大切。

「は~、むかつく」

「腹立つわぁ」

って、この言葉一番大人として最悪、、、って思う。

 

ある出来事が起こった時、それを他人事と思えたらみんな冷静に聞ける。
つまりは常に第三者の目を持って生きることが大切なんじゃないかなって。

自分自身の感情と突発的な反応/反射に、一人称で介入しすぎないこと。

「私は怒っている」

「私は悔しい、、、」ではなく、

「あなたはそう思っているんですね」と、自分の反応を二人称にしてみる、と。

そうすれば「なぜそう思うの?」という問いかけが自分自身にできる。

 

これって本当に大切なことだと思っている。

 

養成をしていてよく思うのが、誰かにもらった指摘やアドバイスに感情的に反応する人は絶対に今から前に大きな成長をすることはない。

 

その誰かの言ったことに納得がいかないのであれば、その中にあった情報の事実についての質問をすることが大切。その質問を通して、「なぜ私はそのアドバイス・一言にあのような感情を持ったのか、、、」を振り返ることができる。

 

「あなたはいつも周りが見えていない」と言われたとする。

それにカチンと来た。

その裏にある意味は何だろうか?

その人に言われたからカチンときたのか

昨日も誰かに同じことを言われたからカチンときたのか

私はきちんと周りは見えている、あなた何言ってるの?と思ったからカチンときたのか

何言ってるか訳わかんない、、、と思ったからカチンときたのか。

 

カチンの中にある様々な要素。

そこと向き合うことができれば、次の行動が見える。

カチンときたままで終わらせてしまったら、行動は変わらない。

カチンときたままでいるか

そこから立ち去るか、、、

はたまた耳をふさいで自分を消すか、、、。

 

ふと立ち止まり、自分を二人称で表現すること。

「あなたは今カチンときたんですね」

「ねぇ、なんであなたは今カチンときたの?」

その質問はとても大切なんじゃないだろうか。

 

世の中、理不尽なことはたくさん存在する。

その業界の常識はほかの業界の非常識ともいわれることもある。

もちろんすべてを肯定するわけではない、でも理不尽さの中でも生きていかなければいけないのであれば、まずは自分が自分を冷静に第三者の目でみることができる術を身につけることは大切なんじゃないかな、、、って。

 

まずは周りの大人たちが、感情的に日々子供たちに接することをやめることから始まったらなぁ、、、って思う。

あなたの感情的な反応は、その場を取り繕い、その場を切る抜けるにはいいかもしれないが、結局は何も生み出さないのだから。

 

あなたも私もみんなみんなちっぽけな存在。

でもそのちっぽけな存在同士が存在するからこそ、それぞれのもつ可能性と才能を誰かのために使うことができるからこそ、この世は素晴らしいものになるのだと思う。

 

私たちは人としての在り方を試されている。

今週のラボとおうちのお花たち by Matahari Kyoto

Kyoto MBM Laboの工作部隊の作品

牛乳パックでできています。

スタジオに入るたびに笑顔になります。

 

#KyotoMBMLabo

#ACEtreatmentLaboratory

#Matahari

#人としての在り方

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