今の先に明日がある

やっぱりお家はいいね、、、。

大好きな家で、大好きな夜

だから机から離れられない、苦笑

 

 

先を急ぐがあまりに

結果を出さなければと焦るばかりに

自分が望む場所ばかりをみているがために

実は多くのことを見落とし、失っているということに気が付かないで生活をしていることがある。

 

去年(2017年)の6月にスタートした最初の数行。

下書きに見つけたので1年後の今、書き続けてみようと思う。

 

先を見るのか今を見るのか

 

あなたの先にあるものは、誰にも分らない

でも今、自分の目の前にあるものは先にあるものよりも明確に存在することが多い。

 

目の前にいるクライエントさん

目の前にある課題

目の前にある生活

 

それと100%向き合うことなく、先のための学びばかりを優先にしている人も多い。

 

学びとは今あることを解決するために

今行っていることをよりよくするためにある。

今の生活をより楽しむためにある。

 

それを忘れてしまうことが多いのが今の世の中。

きっとそれは「何かを成しえなければいけない、、、」「もっと知っておかなければいけない」という気持ちにさせられる社会がそこにあるからなのかもしれない。

 

だから今よりも技術を身につけ、知識を身につけ、資格を身につけ

それがいったい何になるかわかならないけど、

それがあればきっと何かになれると信じているのだと思う。

 

だからいろいろなものに手を出す。

 

あなたがいるから知識が生きる

 

博士論文に取り組んだことで見えたことがある。

スポーツ業界や運動業界で語られている多くのことは、推論の域を超えないのだ、、、ということ。

研究の多くは、研究者の疑問から始まる。

つまりそれが実際にどこまで本当かはわからないから、何か気になって興味があるから「○○を証明したい」「○○について明確な答えが知りたい」というのが研究の題材となる。

 

そして幸か不幸か研究された内容は、研究者が過去の論文を元に論点を作り上げ、誰が見ても誰が読んでも違う解釈にならないような範囲で結論として会話がなされる。

つまり研究者として私はこう思う、私の経験上こうなんです、というあまりにも個人の意見だけを前に出した会話は成り立たない。それをバックアップする過去の資料はあるのですか?といわれるのがオチ。

 

ここで私が気が付いたことは、研究で結論付けられる多くは確個たるものであるという表現ではなく、「そうであろう」「そう考えられるだろう」「そうに違いない」的な文章となる。

つまりスポーツや運動の業界で言われていて、そして誰もがそれが正解だと信じていることの多くは「たぶんね、そうだと思うんだよね」という域を超えていないということなのだ、、、と。でもそれがよりたくさん出てきて、何度やっても同じ結論がでてくることで、「これはかなり確証があるものだろう、、、」となる。

 

そんなことに気が付くと「AはBと決まっている」っていうこと自体がきっと間違いであり、科学を知れば知るほど、研究という分野を知れば知るほど「明日にはこの説も変わることがあり得る」ということに気が付くし、「絶対」はあり得ないし、おそらく「絶対にそうだし、、、」って言えるのは、「私は今生きています」ってことぐらいなんじゃないかな、、、って思ったりもする。(あ、でも今横に見えているこの人は、もしかしたらこの世のものではないかもしれない可能性もあったりする、、、?)

 

学ぶことが自分にパワーをくれると思うのは悪いことではない。

The power of knowledge

Knowledge is the power

 

でもその学びをパワーに変えるためには、それを解釈する、全体像を見、かつ詳細を汲み取れる力が必要になる。

 

そしてその学びと現実を結びつける力も必要になる。

 

それを学んでどうするの?

この学びは何につながっている?

 

今をみてそして先を見る力。

 

「こうなりたい」

「ああなりたい」

それも大事。

 

でもそのギャップを埋めるためには、今の自分ときちんと向き合うことが大切になる。

 

実践者としてあるならば

 

そしてもう一つ気が付いたことがある。

学ぶことは大切。

知識を増やすことも大切

でも先ほども書いたように、情報や正しいといわれている物事は誰かの推論であり、誰かのある事象からの結論であり、そして次の瞬間に代わりえることである。

だからこそ、それが現実だからこそ私たち実践者が本当に大切にしなくてはいけないのは、研究や誰かからの情報ではなく、誰かの経験でもなく「私自身が目の前で実際に見てきたこと、触ってきたこと、行ってきたことのプロセスと結果」それこそ本当はもっとも大切にそしてより誠実に向き合うべき時間を費やすべきことなのではないか、、、と。

 

目の前にいるクライエントさん

そのクライエントさんとの交流から生まれる結果

それこそが事実であり、なにものでもない現実。

そこにこそ私たちが本当に必要とするものが隠れているのだと。

 

今日新幹線に乗る前に手に取った書籍に書いてあったこと。

「人は概して探索に重きを置きすぎる傾向があるらしい。

最良のものよりも新しいものを過度に高く評価しがちなのだ。」

「アルゴリズム思考術」より (早川書房)

 

探索とは探し求めること

何かもっとあるかもしれない

これではない何かがあるかもしれない

もっといいものがあるかもしれない、、、と探索に時間を費やす。

そして新しいものが良いことのように思い

新しいことを知っていることが価値があるかのように錯覚する。

新しいことに価値があるわけではない。

誰かのためになること、社会のためになることこそが価値があるのではないかな。

 

先に紹介した書籍の中に

「躊躇、すなわち行動をとらないことは、行動をとった場合と同じく、あとで取り消すことができない」とも書かれてあった。

 

今、行動をとること。

今、目の前の人や出来事に100%でいること。

その先に明日がある。

未来はその積み重ねの先にある結果でしかない。

 

 

 

 

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